大判例

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最高裁判所大法廷 昭和62年(し)107号 決定

主文

原決定及び原原決定を取り消す。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の判例は事案を異にし本件に適切でなく、その余は、憲法三二条、三七条三項違反をいう点を含め、その実質はすべて単なる法令違反の主張であつて、刑訴法四三三条の抗告理由に当たらない。

職権をもつて調査すると、記録によれば、被告人は、昭和四三年一二月七日生の少年であるが、昭和六二年六月一七日大阪地方裁判所堺支部において、業務上過失傷害被告事件につき懲役一年以上一年六月以下の不定期刑に処せられたこと、翌一八日被告人の母山田春子が被告人法定代理人親権者母として弁護士野村克則を被告人の弁護人に選任した旨の大阪高等裁判所宛の弁護人選任届とともに、同弁護人名義の被告人のための控訴申立書が同支部に提出されたこと、ところが、被告人は昭和六一年一二月一一日鈴木夏子との婚姻の届出をしており、これによつて成年に達したものとみなされ(民法七五三条参照)、母山田春子は右弁護人選任当時すでに被告人の法定代理人たる地位を喪失し、被告人のために上訴をする権限を有しない者であつたこと、原原審である大阪高等裁判所は、右弁護人には被告人のために控訴申立をする権限がなく、本件控訴申立は法令上の方式に違反することが明らかであるとして、刑訴法三八五条により決定で控訴を棄却し、右決定に対する抗告に代わる異議の申立を受けた原審大阪高等裁判所も、原原決定を支持して異議の申立を棄却したことが明らかである。

しかし、およそ弁護人は、被告人のなし得る訴訟行為について、その性質上許されないものを除いては、個別的な特別の授権がなくても、被告人の意思に反しない限り、これを代理して行うことができるのであり、このことは、その選任者が被告人本人であるか刑訴法三〇条二項所定の被告人以外の選任権者であるかによつて、何ら変わりはないというべきであり、上訴の申立をその例外としなければならない理由も認められないから、原判決後被告人のために上訴をする権限を有しない選任権者によつて選任された弁護人も、同法三五一条一項による被告人の上訴申立を代理して行うことができると解するのが相当である。これと異なり、このような弁護人には、被告人のため上訴申立をする権限がないとした当裁判所の判例(昭和四三年(あ)第二五三一号同四四年九月四日第一小法廷決定・刑集二三巻九号一〇八五頁、同五四年(し)第七一号同年一〇月一九日第三小法廷決定・刑集三三巻六号六五一頁等)は、いずれもこれを変更すべきものである。

したがつて、前記野村弁護人に控訴申立をする権限がないとした原原決定及びこれを維持した原決定には、刑訴法の解釈を誤つた違法があり、他に本件控訴申立を不適法とすべき理由も見当たらないから、これを取り消さなければ著しく正義に反するといわなければならない。

よつて、刑訴法四一一条一号を準用し、同法四三四条、四二六条二項により、原決定及び原原決定を取り消し、本件を控訴裁判所である大阪高等裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官矢口洪一 裁判官伊藤正己 裁判官牧圭次 裁判官安岡滿彦 裁判官角田禮次郎 裁判官島谷六郎 裁判官長島敦 裁判官髙島益郎 裁判官藤島昭 裁判官大内恒夫 裁判官香川保一 裁判官坂上壽夫 裁判官佐藤哲郎 裁判官四ツ谷巖 裁判官奥野久之)

特別抗告申立書

理由

一、原決定が弁護士野村克則のなした控訴の提起を不適法と解し、同旨の控訴棄却決定を正当としたことは憲法三七条の三項に違反し、弁護人選任権を著しく狭めるものであり、そのことは、ひいては憲法三二条の裁判を受ける権利を侵害したものというべきである。

1、弁護人選任権を憲法上定めたのは、法律の留保のもとにあつた刑事手続保障では多くの人権侵害の事例が生じたことから、そのような可能性を徹底して排除しようとする立場から定められた刑事手続保障の一つである。

この刑事手続の保障規定は、憲法の歴史においても、自由権と国家刑罰権とが常に矛盾対立してきたことから、国家刑罰権の行使についての絶対的制約を定めたものであり、自由権の内容を定めた諸規定以上にその拘束性は強いものというべく、これら刑事手続規定は例外なく厳格なものとして適用されなければならない。

従つて、弁護人選任権についても、その手続を極めて狭く解することは、弁護人選任権を実質的に侵害するものとして憲法三七条三項に違反するものとなる。

2、また、原決定が刑訴法三五五条の「原審弁護人」を、原審継続中である原審判決後の未確定の間に選任された弁護人はこれに含まれないとした解釈は、時間的にも何らの根拠なく弁護人の行為を制限するものであり、そのことは弁護人選任権を実質的に侵害したものというべく、またそのことは、ひいては被告人の裁判を受ける権利を侵害することになる。刑訴法三五五条は、あくまで、「原審において適法に選任権者から選任された弁護人」をさすのであり、その中には、本件のごとき母親によつて選任された弁護人が含まれなければならない。

このように合理的に限定して解釈しなければ、刑訴法三五五条の右部分は、憲法三七条三項、同法三二条に反することとなろう。

原決定の刑訴法三五五条の解釈は憲法三七条三項、同法三二条に反するものである。

3、ところで刑訴法第三〇条二項は、弁護人選任権を被告人(被疑者)本人のみならず、その法定代理人、保佐人、配偶者、直系の親族及び兄弟姉妹も含めて認めている。

これは、憲法第三七条三項に定められた被告人の弁護人選任権の内容には、被告人自身のみに選任権を付与しているものではなく、その行使が実質的になしうるよう、被告人の近親者をも当然その選任権者として予定しているものであり、刑訴法の右条文は、憲法上当然予定されているこれら近親者の選任権を注意的に明示したものといえよう。

即ち、被告人が未成年等により、主体的に防御能力を有しない場合、あるいは、勾留により、客観的に防御権の行使に、困難が生ずることを考えて、これら近親者にも憲法上被告人についての弁護人選任権が付与されているものである。

従つて、これら近親者の選任行為は、被告人の選任行為とその効果の点に差異は生じないと解するのが憲法の予定している立場である。

この点からするならば、仮に被告人並びに被告人の法定代理人又は保佐人以外の弁護人選任権者には、被告人と独立した地位に基づく、上訴権の行使(いわゆる独立的固有権としての上訴権の行使)は認められないとしても、その選任行為を介して、被告人と弁護人との間には、被告人が自ら弁護人を選任したのと同様の委任(代理)関係が生ずるものと考えるべきである。

刑訴法第三五三条の定めは、弁護人の権限として認められている。

①被告人の代理人としての権限

②被告人と独立して、刑訴法の定めに基づき行使しうる権限(刑訴法第四一条)

③被告人と独立してはなしえない権限

のうち、②のいわゆる独立的固有権についての定めであり、①の被告人の代理人としての権限として、選任権者がいかなる範囲の権限を有するかについては定めていないのである。

弁護人を選任することによつて上訴申立権を有しない選任権者に上訴申立権が実質的に生ずる結果となるという反論は、独立的固有権と被告人の代理人としての権限を区別しないことから生ずる論である。付言すれば、弁護人が上訴申立権を有するのは、これらの者による選任行為を介して生じた被告人と弁護人の委任関係それに基づく代理権によるもので、上訴申立権を有しないこれら選任者と弁護人との委任関係に基づくものではない。

選任行為の効果は、弁護人に被告人の代理人としての地位を付与するところにあり、選任権者の有する権限を代理行使するという地位を付与するものではない。選任により、弁護人は被告人の代理人として当然上訴申立権を含む、包括的な代理権を有することになり、それによつて、弁護人としての職責を全うすることができるのである。

このように、被告人並びに法定代理人、保佐人以外の選任権者が選任した弁護人も、被告人の代理人として当然被告人の上訴申立権を行使しうるものであり、刑訴法第三五三条の定めをもつて、被告人並びに法定代理人、保佐人以外の選任権者には、上訴申立権はないと制限的に解釈することは、これら以外の選任権者の選任権(既述したとおり、憲法三七条三項は、これら選任権者の選任権を予定しているものである。)を実質的に侵害するものであり、そのような解釈をするならば憲法違反の謗りを免れないものである。

二、原決定は最高裁判決に抵触する。

最判昭和二四年一月一二日、大法廷判決(刑集三巻一号二〇頁)は第一審判決後、被告人が選任した弁護人について、被告人の代理人としての上訴を弁護人に認めている。

右判決は、原審判決後に選任された弁護人の控訴申立権は、原審弁護人のそれが、独立固有権に基づくものであることと対比し、被告人との委任(代理)関係に基づくものであると述べている。

即ち、その判旨は、選任権ある者によつて一度選任された弁護人は、その選任権者の如何を問わず、当然被告人の有する上訴権を代理行使できる旨を判示していると解するのが至当である。

右判決は、まず旧刑訴法第四六条、第三七九条によれば、原審における弁護人は、被告人のため独立して上訴をなしうるものであるとして、原審弁護人の上訴申立権が、独立固有権に基づくものであることを明らかにすることにより、原審判決後に選任された弁護人についての独立固有権としての上訴申立権を否定する一方、被告人は自ら上訴をなさずして上訴審における弁護を弁護人に依頼したときは、上訴することをも依頼したものと見るを相当とするから、かかる場合、その弁護人は被告人を代理して被告人のため上訴することができると述べている。

右判旨は、当該弁護人を選任した者が、被告人であるか、他の選任権者であるかを区別しておらず、被告人の弁護人として選任された弁護人につき、被告人の有する上訴申立権の代理行使を認めているのである。つまり、判決前の弁護人は独立して上訴できるが、判決後の弁護人は代理として上訴できると、独立上訴と代理上訴を区別して説明しているのである。既述したとおり、弁護人はひとたび選任権者により選任された以上、被告人の弁護人としての代理関係を生ずるものであり、選任権者との関係で代理権が生ずるものではない。

したがつて選任権者が上訴申立権を有しているか否かにかかわらず、弁護人には被告人の代理人として上訴申立権が生ずるのであり、このことを右大法廷判決は、被告人の弁護人選任権を担保し、もつて弁護人依頼権の保障を周到にしようということで被告人以外の選任権者を認めた法の趣旨に照らし、自明の理として前提としているものである。

以上のように、被告人の母により選任された弁護人も被告人選任の場合と同様に被告人との間に委任関係が生じ、控訴申立権を有するのであり、それを否定した大阪高等裁判所の原決定は、右最高裁大法廷判決に違背するものである。

三、原審判決後に選任された弁護人の上訴権については、原判決の引用する昭和四〇年九月一一日の第一小法廷の決定なども存しているが、これは右大法廷判決が、「原判決後に選任された弁護人」にも、正面から「原審弁護人」として、あるいは「被告人の代理人」としての上訴を認めながらそのことを直接に明言しなかつたために、一定の判例がこれを曲解して、理論的にも混乱が生じ、学説からも強い批判を受けているところである。

また、その理論的解決の方向としては、適式に選任された弁護人に、被告人の代理人としての上訴権を承認することによつても可能ではあろう。

従つて、この際に、右大法廷判決の趣旨を正しく発展させ、文字どおり、三五五条の「原審」を刑訴法上の統一した概念としてとらえて、上訴権を判決後に選任された弁護人にまで承認することが正当であり、混乱にここで決着をつけるべきときに至つているといえよう。

そうである以上、弁護人選任権あるものから選任された弁護人について、判決の前後を問わず、刑訴法三五五条によつて上訴権は承認されなければならず、本件控訴は適法である。

いずれにしても、その後の小法廷決定のように被告人などの独立上訴権者からの選任をうけた弁護人に限定してしまうということは、右大法廷判決の内容を不当に曲げていることは明らかである。

四、補足的に述べるならば、原決定は、昭和六二年六月一八日被告人の山田春子が被告人法定代理人親権者として弁護士野村克則を被告人の弁護人に選任し、同日同弁護人が被告人のために控訴を申し立てた事実を認定し、被告人は未成年者であるが、婚姻届出をしているため成年に達したものとみなされ、母山田春子は法定代理人たる地位を喪失しており、同女が法定代理人たる資格においてなした弁護人選任は、被告人のためにその効力が生じないとした控訴棄却決定を是認している。

本件において弁護人が選任を受けた経過は以下のとおりである。

被告人山田太郎は第一審判決の昭和六二年六月一七日以前に、弁護士野村克則に対し、刑事弁護及び交通事故の示談交渉を依頼したが、当時は未だ他の弁護士が原審弁護人として選任されていたために、民事事件の訴訟委任状のみを交付した。その後第一審判決当日の六月一七日には被告人山田太郎は弁護士野村克則に対し、正式に控訴審の刑事弁護を依頼したが、当日は弁護人選任届けを提出せず、翌六月一八日に母親山田春子の署名による弁護人選任届を持参したものである。

右のような事実関係によれば、本件において弁護人は実質的に被告人山田太郎本人の選任を受けていると言うべきであり、形式的に「法定代理人親権者」の選任ゆえ、無効と解すべきではない。

五、原決定は、弁護人選任が被告人の直系親族たる資格においてなされたと解しても、自ら被告人のために控訴申立をする権限を有しない被告人の直系親族が第一審判決後に選任した弁護人には、被告人のために控訴申立をする権限がないとした控訴棄却決定を是認している。

しかるに、未成年者である被告人の母親に被告人のためにする控訴権がないと解することは極めて不当である。刑事訴訟法第三五三条は「被告人の法定代理人または保佐人は被告人のため上訴をすることができる」と規定している。これは被告人に訴訟能力は一応あるが、それが十分でないと認められる場合にその保護のために、法定代理人らに上訴権を与えたものであると解せられるところ、被告人が成人に達した場合ならともかく、未成年者である被告人が単に婚姻届出をしたという事実をもつて訴訟能力が十分になつたと解することは到底出来ないというべきである。

民法第七五三条は「未成年者が婚姻をしたときは、これによつて成年に達したものとみなす」と規定するがその趣旨は婚姻しても親権に服する状態が続くとすると、夫婦の生活が親権者からの干渉を受けることになり、婚姻生活の自主独立性が害されることになるからであるとされる。すなわち成年を擬制する理由は、婚姻生活に対する外部からの干渉を排除して、夫婦生活の自主独立を尊重し、夫婦の実質的平等を確保することにあり、これによつて婚姻した未成年者は私法上、成年者と同じ能力をもつことになり、一人で有効な法律行為をすることができるようになるのである。

右の趣旨にてらせば、成年擬制の効果については、私法上の効果に限られるべきであつて、刑事訴訟法には適用されないと解すべきである。公職選挙法、未成年者喫煙禁止法、未成年者飲酒禁止法など公法上は満二〇才に達しない限り、未成年者として取り扱われること論をまたない。

従つて、婚姻した未成年者の被告人の場合、未成年者である以上、その保護のために、母親には被告人のために上訴をする権限があると解すべきである。そう解することこそ刑事訴訟法第三五三条及び、民法第七五三条の立法趣旨に合致するというべきである。

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